トスカーナ北西部の自然派「マエスタ デッラ フォルミカ」

2025/09/19

2025/07/16

アンドレア エルミ氏 Mr. Andrea Elmi

トスカーナ屈指の標高1050mの渓谷で挑むリースリング!ピサ大学醸造学科で学んだ2人が創業。何世紀も続く多品種栽培の伝統を映し出す自然派「マエスタ デッラ フォルミカ」

マエスタ デッラ フォルミカは、2013年にトスカーナ北西部ルッカ郊外で創業した自然派ワイナリーです。ワイナリー名は「小さな礼拝堂が連なる道」を意味する歴史的な地名に由来します。拠点を構えるのは、標高2000メートル級のアプアーネ山脈とアペニン山脈に挟まれた広大な渓谷。2014年にはドイツから持ち込んだリースリングを標高1050メートルの畑に植えてワイナリーの歴史が始まりました。また、この土地では古くから、フランスやピエモンテへ出稼ぎに行っていた女性たちが多様な品種を持ち帰ったという歴史があり、高樹齢のブドウが今も植えられています。今回は、その歴史やワイン造りについて当主アンドレア・エルミ氏にオンラインでお話を伺いました。

ルッカ郊外の未開の地で始まった、
自然派ワイナリー「マエスタ デッラ フォルミカ」

標高2000メートル級の山に挟まれた広大な渓谷
――まずは、ワイナリーの紹介をお願いします。

マエスタ デッラ フォルミカは、私(アンドレア)とマルコが2013年に設立した、とても小さなワイナリーです。場所はトスカーナ北西部、歴史ある街ルッカの郊外にあるカレッジーネ村(現在はカンポルジャーノ村へ移転準備中)に位置します。海に近く、標高2000メートル級の2つの山脈に挟まれた広大な渓谷に拠点を構えており、この独特の地形が昼夜の大きな寒暖差を生み出しています。

この地域は本来、近年においてはワイン造りが行われていない場所でした。かつてブドウ栽培の歴史はありましたが、ブドウ農家もほとんど存在していませんでした。そうした土地に、私たちが初めてブドウを植えたのは2014年のことです。標高1050メートルの牧草地帯の0.4ヘクタールの小さな区画に、ドイツから持ち込んだリースリングを植樹しました。

地元トスカーナ初の「山のリースリング」に挑戦
――アンドレアさんたちは、なぜワイン造りを始めようと思ったのですか? また、なぜこの土地を選んだのですか?

私たちは、ルッカから約20キロの海岸沿いの街ヴィアレッジョの出身で、同じピサ大学で醸造学を学んだ友人同士です。私が醸造学を選んだのは、もともと家族がワイン好きで、小さい頃から自然とワインが身近にあったからです。卒業後はテヌータ モンテティで醸造家として経験を積みました。

そうした中で思い描いたのが、リースリングを、地元トスカーナの山に囲まれた土地で造れないかという挑戦でした。そして、トスカーナ初のリースリングを目指し、実験的に栽培を始めました。

ビオディナミが導く、自然の循環を育む土壌づくり
私たちはこの土地でビオディナミ栽培を行っています。もともと人の手がほとんど入ってこなかった場所だからこそ、化学的なものを持ち込むのではなく、土地に寄り添うデリケートな手法を選びました。

ビオディナミにおいて大切なのは、土壌を健康に保ち、その力を自ら発揮できるよう助けることです。私たちの目的は、自然のプロセスによって緑肥を生み出し、その循環を促すことにあります。健全な土地には微生物が活発に生き、自然と草木が芽吹き、土から栄養を得て再び育っていきます。その循環こそが健全な土壌の証です。

実際に、雪害で周囲の畑が大きな被害を受けたとき、私たちの畑の樹は芽を守り抜きました。その1カ月前にプレパラートを散布しただけで、他には何もしていません。それでも樹が耐え抜いたのは、畑そのものが持つ生命力の証明だと思います。

代々受け継がれる古樹、
多種多様な品種が息づく稀有な土地

フランスやピエモンテから多彩な苗木が持ち込まれてきた歴史
かつてこのエリアは非常に貧しく、多くの男性は森で栗や家畜を育て、質素な生活を送っていました。一方で女性たちは、フランスやピエモンテの貴族のもとへ出稼ぎに行っていたのです。その彼女たちが故郷へ戻る際に苗木を持ち帰ってきたという歴史があります。

そのブドウは何世紀と受け継がれ、今も残り、この地に根付いているという次第です。同様の歴史はトスカーナだけでなく、アペニン山脈沿いのウンブリアやラツィオにも見られました。

偉大なワインを生む高樹齢の畑を保全
私たちは現地の方から情報を得て、実際に土地を確かめながら畑を取得していきました。そこで目の当たりにしたのが、先述のフランスやピエモンテの品種をはじめとする、多種多様なブドウだったのです。

それらの畑を引き継ぐにあたり、高樹齢の畑はできる限り残そうと決めました。理由は二つあります。ひとつは、古樹からは偉大なワインが生まれること。アルコール度数が過度に上がることなく、凝縮感のある力強い味わいを引き出せるからです。

もうひとつは、この土地を象徴する歴史的な存在であることです。農民が何世代にもわたり大切にしてきた多種多様なブドウでワインを造ることに誇りを持っています。

標高300~1050メートル、5つの村、8つの小区画に点在する畑
所有畑は5つの村、8つの小区画に点在し、合計3.5ヘクタールです。標高は300メートルから1050メートルまで幅があります。もともとあった畑に加えて、新たにトレッビアーノやシラー、シュナン ブラン、スキアーヴァといった品種も植樹していきました。
リースリングの畑(標高1050m、カレッジーネ村)

何世紀もの歴史が培った「多品種文化」のワイン造り

深く根付く「混ぜこぜ」文化を体現
――たくさんの品種で造られる「ガモ」は、まさにこの土地の歴史が詰まったワインなのですね。

ガモは、地域に根付いた歴史と深く結びついたワインです。かつての女性たちが持ち帰ったブドウが代々受け継がれてきた結果、今も多種多様な品種が畑に息づいています。その中には樹齢100年以上のものも含まれています。

この「混ぜこぜ」の文化こそが、このエリアの特徴です。例えば、ルッカ近郊のモンテカルロDOCでは、カベルネ ソーヴィニヨンやメルローをはじめとする幅広い品種が認められていますが、これはボルゲリよりもずっと前に定められた規定です。多彩な品種をブレンドしてきた長い歴史と、その背景にあるエピソードが、「ガモ」というワインを形づくっているのです。
テロワールと歴史を表現した高品質ワインに贈られる
『スローワイン』最高賞ヴィーノスローを受賞した「ガモ」

品種やヴィンテージに左右されない個性を貫く、職人的ワイン造り
「ガモ」は混醸で造るがゆえに、ヴィンテージによってブドウの出来に差が生じます。さらに山間部特有の気候から、畑ごとに天候がまったく異なることも珍しくありません。ある畑は晴れていても、別の畑では雨が降っているといった具合です。

そのため、毎年それぞれの畑の状況を丁寧に見極め、どのようにブレンドするかを決めていきます。それでも「ガモ」というワインに一貫したキャラクターを持たせることを大切にしています。年ごとの違いを受け止めつつ、個性をぶれさせない造りは、まさに職人的なワイン造りと言えるでしょう。

ミネラル感が際立つ、樹齢の高い畑のブレンド白ワイン

ヴィーニェスペールセ 2022

ヴィーニェスペールセ 2022

アンドレア氏:
「点在する畑のトレッビアーノ、マルヴァジア、シャルドネをほぼ3分の1ずつブレンドしています。トレッビアーノとマルヴァジアは樹齢70~80年、シャルドネは樹齢20年ほど。トレッビアーノがミネラル感を、マルヴァジアがフレッシュでアロマティックな要素を、シャルドネがまろやかさを表現しています。ミネラル感が強いワインですが、暑かった2022年は山のワインというより島のワインのような印象かもしれません。ラベルは点在する小区画をパズルのように組み合わせた畑を表現しており、小さな村の名前を組み合わせています。」
試飲コメント:輝く黄金色。フレッシュかつ凝縮した白や黄色い果実に加えて栗を思わせる香りが広がります。口当たりはなめらかで綺麗な酸があり、クリーンな印象です。ハーブのニュアンスとともに塩味やミネラル感を伴う余韻が長く続きます。

「イタリアでTOP3のリースリング」
標高1050メートル、フレッシュで複雑な味わいのリースリング

リースリング 2021

リースリング 2021

アンドレア氏:
「ドイツから持ち込んだ複数のクローンで造る年産1500本のリースリングです。標高1050メートルの畑のため、夏は短く、7月や8月でも夜は10~12度まで下がります。冬は雪が多く、12月から1月にかけて1ヶ月ほど積雪が続き、2024年は5月にも雪がありました。

リースリングは毎年前年より向上しており、樹齢の上昇や土地の成熟が背景にあります。収穫は晩熟で10月末から11月頭、15~20%に貴腐菌がつきます。貴腐部分は全房発酵。24時間マセラシオン後、ステンレスタンクで12ヶ月澱とともに熟成します。繊細な香りに加え、熟成でオイリーさも出て、酸がしっかりした複雑な味わいです。温度は自然に上げて飲んでいただきたいです。魚やきのこ料理、カヴォロネーロ(黒キャベツ)とも合います。『イル ゴロサリオ』のジャーナリスト、パオロ・マッソブリオ氏から、イタリアでTOP3のリースリング、と評価されたワインでもあります。」

試飲コメント:深みのある黄金色。黄色い熟した果実やアプリコットのようなドライフルーツ、南国果実の香りが漂います。口に含むとフレッシュで鋭い酸が広がり、熟した果実味と軽やかさが共存した余韻が持続します。

喉を渇きを癒す軽快な味わい
10種のブドウで造る微発泡赤

ドゥランカンテ 2022

ドゥランカンテ 2022

アンドレア氏:
「ブドウジュースのような位置づけのワインです。喉の渇きを癒す時や会話の場で気軽に楽しめます。10種類の古い樹齢のブドウで造られますが、何の品種かわからないものも含まれています。3~4日の短いマセラシオンでグリーントーンやタンニンを避け、一部の凍らせたモストを加えて二次発酵を起こさせて、20時間後にボトリングします。SO2は無添加です。」
試飲コメント:淡いルビー色。フレッシュな赤い果実の香りが広がり、フルーティな印象です。タンニンは細やかで軽快な味わいが持続します。

心地よいフルーティな味わい
全8区画、7種の古樹を混醸で造る赤ワイン

ガモ 2021

ガモ 2021

アンドレア氏:
「全8区画の標高300~700メートルの畑からなる、古い樹齢のブドウで造る赤ワインです。品種の比率はヴィンテージによって異なります。小さな区画が多いため別々の醸造は行わず混醸です。シラーのように多い場合は単独で仕込みます。熟成は主に5年目の古いバリックで行っています。」
試飲コメント:ルビー色。心地よい果実の香りに加え、ほのかな骨格を感じます。味わいは香りと同様に心地よい果実感が広がり、複雑さと心地よいタンニンが調和しています。

エレガントな果実感が心地よいブラウフレンキッシュ100%赤

サクリパンテ 2021

サクリパンテ 2021

アンドレア氏:
「2021年は年産300本のブラウフレンキッシュ100%のワインです。2022年はカベルネソーヴィニヨンとネッビオーロを加え、年産600本に増えます。ブラウフレンキッシュは、ハンガリーを起源とし、オーストリアで有名になった品種ですよね。2022年ヴィンテージは高く評価され、ソムリエ協会で最高評価やスローフードのトップワインに選出されました。エチケットも『ヴィニタリー』でデザイン部門2位を受賞しました。

このエチケットの由来は、1521年に偉大な著述家ルドヴィコ・アリオストがこの地にやってきたことにあります。彼の代表作『オルランド・フリオーゾ』には、アンジェリカという女性を巡って多くの騎士が戦う物語があり、その中で勝者となったのがハンガリー出身のサクリパンテでした。この物語を讃える思いと、ハンガリー原産のブドウ品種ブラウフレンキッシュを用いたことを重ね合わせて、このワインのラベルが誕生したのです。」

試飲コメント:ルビー色。黒い果実を中心に爽やかさと、やや土のニュアンスを感じる香りです。味わいは繊細な芯のある果実感がエレガントに広がり、タンニンは存在感がありながらシルキーでしなやかです。心地よい果実味が持続します。

インタビューを終えて

お話を伺って、彼らの土地と畑、そしてワイン造りのあり方はまさに唯一無二だと実感しました。それは標高2000メートル級の山脈に挟まれた渓谷や、標高1000メートルに広がる畑、多種多様な品種が持ち込まれてきた歴史といった要素にあります。その中で彼らが最初にドイツ由来のリースリングを持ち込んだこともまた、この地に根付く「多品種栽培」という伝統を受け継いでいると感じました。

ワインそのものにも歴史的背景がしっかりと息づいており、ドゥランカンテやガモは7~10種類もの品種を用いて造られています。どのワインもフレッシュで素朴な味わいながら、バランスの取れた仕上がりが印象的でした。そして、彼らのリースリングは「イタリアのTOP3に入るリースリング」と評されたこともある逸品です。マエスタ デッラ フォルミカの個性豊かなワインを、ぜひお楽しみください。