2025/06/17
/
ダニーロ ドロッコ氏 Mr. Danilo Drocco
雄大なアルプスの麓に根ざす山のネッビオーロ!優美さと風格を備えたヴァルテッリーナ屈指の造り手「ニーノ ネグリ」

アルプスの麓、世界でも稀な段々畑に根ざす
「山のネッビオーロ」
ところが、山間部は急斜面のため畑づくりが難しい。そこで、時代とともに、石壁で斜面を支える「段々畑」が造られたのです。この段々畑は(すべてをつなぎ合わせると)全長約2,500キロメートルにも及ぶと言われており、世界でも類を見ません。想像するだけで、先人たちの作業がいかに大変だったかがわかります。
イタリアでは、山の人間は頑固だと言われますが、その粘り強さがあったからこそ、どんなに環境が厳しくても仕事を続けられたのだと思います。そして、この地で2000年以上もブドウを造り続けてきたのは、優れた品質と個性を持つワインが生まれる場所であることの証でもあります。

冷涼な環境で育まれた山のネッビオーロ「キアヴェンナスカ」
ヴァルテッリーナで栽培されるブドウの約95%はネッビオーロです。ランゲ地方との違いは、「山で鍛えられている」点にあります。春や秋には25度の気温から数時間後には雪が降るほど、気温差の激しい環境です。この厳しさに耐え抜けるのが、ヴァルテッリーナのネッビオーロです。
地元では「キアヴェンナスカ」と呼ばれ、「ワインを造る最高のブドウ」という意味の方言から来ています。2000年前、古代ローマ人がさまざまな品種を持ち込むなか、唯一この環境に適応し、重要視された品種がネッビオーロだったのです。

ヴァルテッリーナのネッビオーロスタイル
「控えめなタンニン」「豊富なミネラル」「旨み」「フレッシュさ」
ヴァルテッリーナのネッビオーロは、バローロやバルバレスコと比べてタンニンが控えめです。その理由のひとつが土壌です。ランゲ地方には粘土が含まれますが、ヴァルテッリーナは石で構成されています。タンニンのニュアンスはランゲよりも20~25%ほど低くなります。
また、畑の石から吸収されるミネラルによって、塩味や旨味が感じられるのも特徴です。さらに、品種由来の長期熟成力に加え、山のネッビオーロならではのフレッシュ感も表れます。
瓶内熟成で引き立たせるヴァルテッリーナ独自の香り
私は木樽での熟成期間よりも、瓶内熟成の時間を重視しています。多くのワインは大樽で1年間熟成させ、その後は瓶に移してじっくり寝かせます。ワインがまだ完成していない段階でボトリングし、瓶内でゆっくりと熟成を進めることで、ヴァルテッリーナのネッビオーロならではの香りを引き出すことができると考えています。
多様な地形と土壌が織り成すテロワール
微細な区画を見極めるワイン造り
ヴァルテッリーナの地形は独特で、アルプス山脈の渓谷が東西に伸びています。この地形により、すべての畑が南向きになります。冷涼なヴァルテッリーナにおいて、南向き斜面で十分な日照が得られることは、ネッビオーロの成熟を促す最大の要因です。その日照量は、シチリアのパンテレリア島と同等です。
石壁で築かれた段々畑は日中の熱を蓄え、夜間に放出するため、冬でも極端に気温が下がりすぎません。3000~4000メートル級の山々が北からの冷たい風を遮ることも、過度な冷え込みを防ぐ要因です。

数百万年の歳月が形づくる土壌
アルプス山脈は数百万年前、ヨーロッパプレートとアフリカプレートの衝突によって隆起し、その副産物としてヴァルテッリーナ渓谷が誕生しました。このため、土壌には多種多様な性質の石が入り混じり、同じヴァルテッリーナでも区画ごとに土壌条件が異なります。こうした背景から、DOCGヴァルテッリーナ スペリオーレはマロッジャ、サッセッラ、グルメッロ、インフェルノ、バルジェッラの5つのサブゾーンに分類されます。

多彩な条件を持つ250超の小区画
ブルゴーニュと酷似する哲学&ワインスタイル
エリア区分だけでなく、一つひとつの畑にも多様な条件があります。段々畑には水平の畑、緩やかな傾斜の畑、急斜面の畑があり、傾斜が急なほど水はけが良く、土壌は熱を蓄えます。また標高も区画ごとに異なります。
ニーノ ネグリでは、創業当初から区画ごとに分けて醸造する伝統を守ってきました。ワインのエレガントスタイルも含め、その哲学はブルゴーニュと非常に近いです。それぞれの区画で造ったワインは、250の木樽に分けてボトリング直前まで熟成します。
さらに、私たちは約200軒の契約農家のブドウも使用しており、実際の区画数は250を大きく上回ります。彼らの畑は0.002ヘクタールほどの小さな畑ですが、協力してくれる農学者とともに分析し、細かく区画を分けています。
偉大な渓谷のテロワールを表現
クリュ ヴァルテッリーナ「モンターニャ シリーズ」
私がニーノ ネグリで働き始めた当初、ここまで区画ごとに違いがあるとは思っていませんでした。2カ月に一度、250の樽から試飲を繰り返すなかで、「この区画は明らかに違う」と感じるものがあり、その理由を確かめるため畑へ足を運びました。
特に個性が際立つ3つの区画を見出し、その魅力を反映したワインを造ろうと考え、生まれたのが「モンターニャ シリーズ」です。従来の5つのサブゾーン区分よりも、ニーノ ネグリ独自の個性を持つ区画に焦点を当てたプロジェクトです。
グルメッロの区画「サッソロッソ」
石から豊富なミネラルを吸収、ピノ ネロを想起させる味わい
1つ目はサッソロッソ。名前は「赤い石」を意味し、サブゾーンのグルメッロに位置します。何百年も前、氷河によってこの周辺の土壌はすべて流されました。段々畑を造って植樹を決めたとき、そこには土がなく、人の手で下方から土を運び入れました。
そのため土壌は浅く、すぐ下に広がる赤い石から吸収するミネラル分が特徴です。ネッビオーロというよりもピノ ネロを思わせるワインが生まれます。
サッソロッソ
インフェルノの区画「カ グイッチャルディ」
温暖な気候から生まれる凝縮した果実味
2つ目はカ グイッチャルディ。インフェルノ=「地獄」の名を持つサブゾーンに位置し、その名の通り非常に暑いエリアです。ヴァルテッリーナ全体は冷涼な風が吹きますが、この区画は風が入り込まず、急斜面で熱がこもりやすい環境です。そのため成熟が早く、他のエリアよりも凝縮感のある果実味を持ったネッビオーロになります。
カ グイッチャルディ
ヴァルジェッラの区画「フラチャ」
寒冷な地でゆっくり成熟し、地中海の香りを漂わせる
3つ目はフラチャ。1897年にニーノ ネグリが取得した、私たちが最も熟知する畑です。サブゾーンのヴァルジェッラにあり、青みを帯びた小石が特徴。万年雪が残る標高3000メートル級の山から冷たい風が吹き込み、成熟が非常に遅くなります。カ グイッチャルディが10月頭に収穫されるのに対し、フラチャは11月頭です。
時間をかけることで、エレガンスや香りが凝縮していきます。不思議なことに、最も冷涼な畑でありながら、ローズマリーやバジル、オレガノといった地中海のハーブを思わせる香りが漂います。非常に興味深い畑です。
フラチャ
純粋に映し出す偉大なテロワールの潜在力
――ニーノ ネグリのイメージと言えばチンクエステッレをはじめとしたスフルサートでしたが、この3つのワインを飲んで、その素晴らしさを実感しています。
モンターニャ シリーズを造ろうと思った理由の一つに、チンクエ ステッレの存在がありました。ヴァルテッリーナを代表するワインではありますが、伝統製法スフルサートを用いるため、どうしても造り手の「テクニック」が大きく反映される側面があります。
一方、モンターニャ シリーズは「テロワール」がすべてです。3つのワインはいずれも基本的に同じ醸造法で造り、醸造家として意図的な介入は極力控えています。手を加えるとすれば、15~20日間かけてルモンタージュを行うことのみです。その後、1年間の大樽熟成を経て瓶内熟成に移します。
幸運なことに、自然の流れに任せれば、それぞれが自然と異なる個性を備えたワインに仕上がります。この発見は私たちにとって大きな喜びでした。モンターニャ シリーズを通して、ヴァルテッリーナのネッビオーロが持つエレガンスとポテンシャルを感じていただければ嬉しいです。
上品さと濃密さを兼ね備えた、
|
マゼール ヴァルテッリーナ スペリオーレ 2020 |
| ダニーロ氏: 「ニーノ ネグリで人気のワインです。マゼールとは、このエリアの方言で優雅な人という意味です。ネッビオーロの10~15%は軽く陰干しして柔らかさを引き出しています。完熟果実のニュアンスも感じられます。若飲み用にセレクションされたブドウを使い、ストラクチャーは控えめながら塩味がしっかりして均整が取れています。また、ネッビオーロのエレガントさも感じられます。食事に合わせやすくバイザグラスで人気があります。」 |
| 試飲コメント:淡いルビー色。香りはドライフラワー、赤い果実、やや枯れ葉やハーブのニュアンスがあります。エレガントで優美な印象。味わいはエレガントながらわずかに濃密さもあり、タンニンは上品で、ふくよかな余韻が持続します。 |
複雑でエレガンスが際立つ優良年のみ生産のリゼルヴァ |
ヴァルテッリーナ スペリオーレ リゼルヴァ 2017 |
| ダニーロ氏: 「プラス1年の熟成が必要なリゼルヴァです。2017年ヴィンテージは規定の3年以上を熟成しています。優良年のみ生産するワインで、長期熟成を見据えてタンニンや酸のポテンシャルのある畑を選んでいます。オレンジ色がかった色調で香りは複雑、スパイスやオレンジの皮のニュアンスがあり地中海を思わせます。木樽は大樽を使用し、熟成により角が取れてまろやかですがまだフレッシュさがあります。」 |
| 試飲コメント:淡く輝くガーネット色。香りは赤系果実を中心に、繊細でエレガントです。口に含むと優美で、あとから細やかなタンニンとともに奥行きある繊細な味わいに満たされます。酸が綺麗でチャーミングな印象もあります。 |
クリュ「モンターニャ シリーズ」
|
ヴィーニャ サッソロッソ グルメッロ ヴァルテッリーナ スペリオーレ 2020 |
| ダニーロ氏: 「サッソロッソは赤い石を意味し、渓谷内の小高い山にある畑です。氷河が土壌を削ぎ落としたため浅い土壌で、下に赤い石があり樹が直接ミネラルを吸収します。ピノ ネロのような柔らかさとエレガントさ、シルキーなタンニンが特徴です。2019年から単一畑ワインとして生産しています。」 |
| 試飲コメント:淡いガーネット色。香りはミネラル、赤い果実、華やかさに加えて土のニュアンスがあり、フレッシュ果実も感じます。味わいは香り同様の要素に加え、旨味とやや焦げたニュアンス、土っぽさがあり、滋味深く華やかです。 |
クリュ「モンターニャ シリーズ」
|
ヴィーニャ カ グイッチャルディ インフェルノ ヴァルテッリーナ スペリオーレ 2019 |
| ダニーロ氏: 「非常に暑い渓谷のサブゾーンで急斜面にある畑です。冷涼な風が入らず成熟が早く凝縮した果実味や、しっかりしたストラクチャーが生まれます。深い土壌のため、ボリューム感とパワーがあり、タンニンの強さも特徴的です。このタンニンはバルバレスコに似ていますね。」 |
| 試飲コメント:ガーネット色。香りはバラやドライフラワー、凝縮感のある果実が調和し、ぎゅっと詰まっていながら優美です。味わいは力強さとエレガンスが溶け合い、綺麗なタンニンがほどよく感じられます。 |
クリュ「モンターニャ シリーズ」
|
ヴィーニャ フラチャ ヴァルジェッラ ヴァルテッリーナ スペリオーレ 2019 |
| ダニーロ氏: 「フラチャは1897年に取得した畑です。そのため、私たちが最も熟知している畑です。1本1本の樹の名前も知ってるくらいです(笑)。青い小石が特徴の畑です。近くの3000m級の山から冷たい風が吹き込むため、ブドウはゆっくりと成熟します。収穫は11月初めで、時間をかけてエレガントさとアロマが凝縮し、高い酸が生まれます。しかし、冷涼な環境にもかかわらず地中海的なスパイスが特徴です。他のキュヴェより遅くリリース。熟成は木樽1年、瓶内熟成2年行います。」 |
| 試飲コメント:ガーネット色。香りは赤い果実に、花やミネラル感、スパイスが調和しています。爽やかさも感じます。口に含むと複雑で奥行きがあり、やや豊かな風味が広がります。エレガントなタンニンとともに余韻が長く続き、赤い果実やオレンジの皮のニュアンスも感じられます。 |
10年の熟成を経てリリースされるリゼルヴァ
|
カステル キウロ ヴァルテッリーナ スペリオーレ リゼルヴァ 2011 |
| ダニーロ氏: 「優良年のみ生産し、最低10年熟成した後にリリースするワインです。もともと1950年代からセレクションワインとして造っていましたが、しばらく生産をやめていました。バローロだけでなく、ヴァルテッリーナのネッビオーロが持つ長期熟成能力も示す目的で復活させました。私がワイナリーに働き始めた2018年時には、このワインはまだセメントタンクに入っていたので、すぐにボトリングをしました。木樽で2年熟成したあとに瓶内熟成。ワイン名の由来は、本拠地キウロにあるワイナリーの宮殿から来ています。」 |
| 試飲コメント:ガーネット色。香りはドライフラワー、赤い果実、ナッツ、ドライフルーツが複雑に重なり、熟成感があります。エレガントで優美、フレッシュさのある味わい。熟したニュアンスとともに非常に長い余韻が続きます。 |
力強さと気品が融合
|
チンクエ ステッレ スフルサート ディ ヴァルテッリーナ 2021 |
| ダニーロ氏: 「収穫したネッビオーロを100日陰干しするという、500年以上続くスフルサート製法で造るトップキュヴェです。冷たく乾燥した風で自然乾燥するため、フレッシュな果実感が保持できます。そのおかげでジャムっぽさはなくシャープな果実味と酸、ミネラル感が引き出されます。バリックを使用していますが、木香は控えめです。」 |
| 試飲コメント:やや深みのあるガーネット色。香りは力強く複雑で、フレッシュさにバニラのニュアンスが溶け合っています。味わいは熟した果実とバニラの風味が調和し、フレッシュさとエレガンスを併せ持ちます。タンニンは存在感がありながら柔らかく、フレッシュで濃密な余韻が非常に長く続きます。 |
インタビューを終えて
マゼールの優美ながら親しみやすい味わい。チンクエステッレの堂々たる格別な存在感。最初から最後までどのワインも、エレガントさと複雑さが織り重なる、奥深い味わいが染み渡りました。なかでも、モンターニャシリーズでは、区画ごとの個性の違いをはっきりと感じ取ることができ、その表現力の豊かさに驚かされました。
インタビューの中でダニーロさんは、「実は別のプロジェクトが進行中なので、それはまた機会に(笑)」と微笑みながら教えてくれました。ホームページを覗くと「NINO NEGRI 3000」とあり、標高3000メートルでのワイン造りプロジェクトのことだと推測されます。これからもヴァルテッリーナからは、新たな発見と魅力に満ちたワインが生まれてくるのだろうと感じました。ヴァルテッリーナ屈指の造り手ニーノ ネグリの今後に、目が離せません。











Posted in
Tags: