サッシカイアを生み出した名門「テヌータ サン グイド」

2025/07/11

2025/05/30

プリシラ インチーザ デッラ ロケッタ氏 Ms. Priscilla Incisa della Rocchetta

元祖スーパータスカン「サッシカイア」を生み出したボルゲリの名門貴族!醸造スタイル、熟成プロジェクト、メルローの品質向上など、今なお進化を遂げる「テヌータ サン グイド」

元祖スーパータスカン「サッシカイア」を生み出した、ボルゲリの名門「テヌータ サン グイド」。創業は1921年、初代当主マリオ・マルケージ・インチーザ氏が、何世紀にもわたりボルゲリに根ざしてきたデッラ・ゲラルデスカ家との結婚を機にワイン造りを始めました。畑が位置するのは、創業よりも900年以上前から所有する約2,500ヘクタールの広大な土地。当時は誰も植えていなかった国際品種を用いて、現在のサッシカイアを造り上げました。そして2代目当主ニコロ氏がその品質を世界に知らしめ、単独DOC「ボルゲリ サッシカイア」の認定や、イタリア初となる『ワインアドヴォケイト』100点獲得などの快挙を成し遂げ、サッシカイアを象徴的存在へと押し上げました。今回は、3代目プリシラ・インチーザ・デッラ・ロケッタ氏をお迎えし、サッシカイアの歴史やテロワールに加え、新たに始動した熟成プロジェクトや、進化するグイダルベルトについて貴重なお話を伺いました。

ボルゲリに根ざす名門貴族が築いたテヌータ サン グイド
3世代にわたり受け継ぐスーパータスカンの元祖サッシカイア

カベルネ ソーヴィニヨンの可能性を見抜いた、初代当主マリオ氏
1944年、後のサッシカイアが誕生

――ご家族の歴史も併せて、テヌータ サン グイドについてお聞かせください。

テヌータ サン グイドの歴史は1921年に始まります。祖母クラリーチェのデッラ・ゲラルデスカ家は、トスカーナで代々続く家族で、長年管理してきたボルゲリの土地にブドウを植えて、ワインを造る農園としてサン グイドを設立しました。1930年、ピエモンテ出身の祖父マリオ・マルケージ・インチーザが、祖母との結婚を機にトスカーナへ移住してきました。

この地域の方言で「小石の多い土地」を意味するサッシカイアの名の通り、祖父はここの小石が多い土壌がボルドーのグラーヴ地方に似ていることに気づきました。ボルドーワインの愛好家でもあった彼は、ここが当時誰も植えていないカベルネ ソーヴィニヨンの栽培に適した土地だと確信し、植樹を進めていきました。以降、実験を重ねて、1944年に初めてワインを造りました。このワインこそが、後のサッシカイアです。

もともとは家族や友人用のワインとして始まり、最初の20~25年は家庭で消費する程度にとどまっていました。当時から農園は約2,500ヘクタールにおよび、ブドウ畑はその中のごく一部です。ほかにもオリーブの栽培や競走馬の飼育など、多様な事業を行なっていたため、当時の生産量は極めて少数でした。
1968年ヴィンテージ

「家庭で消費する品質ではない。世界に広めるべきだ」と、2代目当主ニコロ氏
1971年、ジャコモ・タキス氏と手がけた1968年を初リリース

自家消費用だったサッシカイアを初めて市場に送り出したのは、1971年のことです。父ニコロが「このポテンシャルは家庭で消費する品質ではない。世界に広めるべきだ」と強く感じたことがきっかけでした。ちょうどその頃、祖母の姉が嫁いだアンティノリ家で働いていたジャコモ・タキスを招き、彼とともに造り上げた1968年ヴィンテージをリリースしたのです。

2013年、唯一の単独DOC「ボルゲリ サッシカイア」に認定
最初にワインを造った1944年から50年が経った1994年、サッシカイアは初めてDOCボルゲリの認定を受けました。さらに2013年には、DOCボルゲリ サッシカイアとして単独の呼称が認定されました。近年では、2021年ヴィンテージが『ワインアドヴォケイト』で100点を獲得しています。現在のテヌータ サン グイドを築き上げたのは、ワイン造りに情熱を注いだ祖父と、その価値を世界へ広めた父、二人の功績にほかなりません。そして私は、その3代目としてワイナリーの魅力を伝える役割を担っています。
(左から)ニコロ氏、マリオ氏、プリシラ氏

ブドウやオリーブの栽培、馬の飼育、自然保護まで、
世代を超えて受け継がれる、サン グイドの多彩な農業哲学

歴史的にテヌータ サン グイドは、イギリスの競走馬の飼育から始まり、さまざまな農業に携わってきました。森や水源の環境を維持し、水鳥を含む多様な動植物が共存できるような自然保護に力を入れています。現在もブドウ栽培やワイン醸造、オリーブ栽培、競走馬の管理など、各分野の専門スタッフ約180名が在籍し、事業全体を支えています。その多くは祖父母の代から勤めており、世代を超えてノウハウと哲学を受け継いでいます。

――オリーブオイルについても教えてください。料理を引き立てる素晴らしい味わいです。

樹齢数百年の樹を含む約1万本のオリーブを植えています。近年は収穫量の減少により安定した生産が難しくなっており、良い年で3万本、ここ数年はその半分ほどにとどまっています。主な流通先はイタリア国内のため、輸出はごくわずかです。日本はその数少ない輸出先のひとつです。

2,500ヘクタールの広大な自然に囲まれた所有地
独自のテロワールが引き出すメルローの可能性

海から山へと続く、標高60~400メートルに広がる畑
冷涼な環境が生む、サッシカイアのエレガンス

私たちの敷地は海から山(西から東)へと続く13キロ圏内に広がっています。畑は標高60~100メートルから始まり、最も高い場所では400メートルに達します。所有地の半分以上は森に囲まれ、畑の面積は全体のわずか5%、125ヘクタールにすぎません。そのうち95ヘクタールがDOCサッシカイア認定区画(写真:紫エリア)です。

標高差により土壌の条件も異なり、高地になるほど石灰岩や小石が多くなります。最も標高の高い場所にはカベルネ ソーヴィニヨン、中間にはカベルネ フラン、低地の粘土質土壌にはメルローといった具合です。最も高地にある畑は森の中に孤立しており、最初のサッシカイアに使用した区画でもあります。森に囲まれることで生物多様性を保ち、熱波から守られ冷涼な風の通り道が確保されます。これがサッシカイアのエレガントなスタイルの一因となっています。

テヌータ サン グイドが造る3つのワイン
「サッシカイア」「グイダルベルト」「レディフェーゼ」

現在、手がけるワインは3種類です。2000年にグイダルベルト、2002年にレディフェーゼを加えたことは大きな決断でした。これら2つのワインは、DOCサッシカイアの範囲外にある約30ヘクタールの畑で栽培されたブドウを中心に造られています。

3つのワインすべてがカベルネ ソーヴィニヨン主体ですが、「サッシカイア」にはカベルネ フラン、「グイダルベルト」にはメルロー、「レディフェーゼ」にはサンジョヴェーゼがブレンドされており、それぞれ異なる個性を持っています。サッシカイアの畑のブドウすべてがサッシカイアに使われるわけではなく、グイダルベルトにも使用されます。そのため、グイダルベルトは、その年のサッシカイアの出来を知る存在としても捉えています。
最も標高の高い畑、8世紀頃に建てられたカスティリオンチェッロ城
城の地下には、マリオ氏がかつて使用していた醸造設備が今も残されている

他生産者がカベルネ フランを選ぶなか、
サン グイドは「メルロー」の品質が向上

――近年、カベルネ フランの品質が高まっていると聞きますが、いかがですか?

たしかに、ボルゲリの一部生産者では温暖化の影響によりカベルネ フランの評価が高まっています。しかし、いま私たちが手応えを感じているのはメルローです。私たちの畑は森に囲まれ、彼らの畑とは大きく条件が異なります。冷涼な風が吹き込むこの環境は、メルローにとって理想的です。そのため、グイダルベルトではメルローの比率を高め、近年はDOCサッシカイア外にも新たに植樹を行いました。生産者ごとに個性が異なることは良い傾向と言えますよね。

2020~2023年ヴィンテージ解説
――近年のヴィンテージについて教えてください。

「2020年」は、コロナ禍で人員確保が難しくチャレンジングな年でした。年間を通じて気温が高く、収穫期にも暑さが続いたため、人手不足のなか収穫を終えた年として記憶に残っています。

「2021年」は素晴らしい年でした。気温が安定し、収穫期も落ち着いた天候に恵まれ、時間をかけて丁寧に作業を進めることができました。この年のボルゲリは、トスカーナ全体でもトップクラスの評価を受けています。特にカベルネ ソーヴィニヨンの出来が非常に良かったです。暑い年ではありましたが、サッシカイアもフレッシュでバランスが良く、熟成のポテンシャルを感じられる仕上がりです。

「2022年」は非常に暑い年で、スタイルとしては2020年に近いと感じています。サッシカイアのブドウは早めに収穫したことで、酸とフレッシュさを備えた良好なヴィンテージとなりました。2021年同様に熟成ポテンシャルを秘めています。

「2023年」の気候は2021年に近く、グイダルベルトとレディフェーゼはいずれも安定した育成状況のもと、特にカベルネ ソーヴィニヨンが素晴らしい仕上がりとなりました。

新スタイル、新プロジェクト、新たに見えた可能性
進化、追求し続けるサン グイドのワイン造り

木樽の影響を抑えた、果実本来の味わいを追求するスタイルへ
気候変動の影響により、過熟を避けるため収穫のタイミングは年々早まっています。醸造の方向性も大きく見直されました。2009年にカルロ・パオリ(CEO兼醸造責任者)がチームに加わって以降、木樽の影響を抑え、果実本来の風味を引き出すスタイルを追求するようになりました。具体的には、新樽の使用比率を下げ、木との接触時間を短縮。澱引きには目の細かいメッシュを用い、ワインをよりピュアでクリーンに仕上げています。また、新樽に移す前に旧樽で2~3ヶ月寝かせる工程も取り入れています。

自社セラーで熟成し、飲み頃でリリースする
「エイジングライブラリー」プロジェクト

私たちは年に1ヴィンテージのみをリリースしており、そのたびに「できれば熟成させてから楽しんでほしい」とお伝えしてきました。しかし近年は、「長い間ストックできない」「熟成されたサッシカイアをすぐに楽しみたい」という声をたくさんいただいています。こうした要望に応えるために、「エイジングライブラリー」を立ち上げました。

これは、毎年生産するサッシカイアの一部を自社セラーで5~10年かけて熟成してからリリースするというプロジェクトです。2022年ヴィンテージから始めたので、それ以降に流通する本数は約20%減ります。将来的には、飲み頃を迎えたサッシカイアをみなさんに届けられるので、楽しみにお待ちください。

グイダルベルトが示す新境地
「25年を経て判明した長期熟成力」「年々増すメルローの複雑性」

熟成ポテンシャルを備えているのは、サッシカイアだけではありません。早飲み需要に応える形でジャコモ・タキスと造った「グイダルベルト」も、想像以上の熟成力を秘めていることが明らかになりました。先日2006年ヴィンテージを開けたら、20年近い熟成を経てもなお、力強く、生き生きとした味わいを保っていたのです。当初は1~3年で楽しむスタイルを想定していましたが、この結果を受け、グイダルベルトのポジションを見直す必要性を感じています。

メルローの樹齢は現在、平均18年に達し、引き出される複雑味も年々増しています。前述の通り、メルローの品質自体も高まってきています。サッシカイアの弟分として認識されてきたこのワインも、初リリースから25年を経て独自のキャラクターを確立したと言えるでしょう。

完成系を目指し、追求し続けるワイン造り
――現在はどんなことを考えてワイン造りをしているのですか?

現在、そして今後も「サッシカイア」「グイダルベルト」「レディフェーゼ」の3種に絞ってワイン造りを続けていく方針です。年間生産量はそれぞれ約28万本、42万本、35万本であり、これが私たちにとっての最大生産量だと考えています。いずれのワインも、まだ完成の域には達していないと感じており、さらなる品質向上を目指していきます。

メルローの品質向上により、年々進化を遂げるサッシカイアの弟分

グイダルベルト 2020、2021

グイダルベルト 2020、2021

「早くから飲めるサッシカイア」というコンセプトのもと造られる、ふくよかな旨みが詰まったワインです。畑はサッシカイアの隣。明るく開放的な雰囲気をまとっていて、今からでも十分にポテンシャルを発揮してくれます。ピュアな赤果実、スパイスやバラなどの香りを感じ、 シルキーで洗練されたタンニンが非常に印象的です。渋味、苦味、酸味、全てがバランスよく、上品な味わいに仕上がっています。
試飲コメント:2021年:ブラックベリーなどの黒系果実やハーブ、胡椒といった香り。フレッシュでバランスに優れた味わい。
2020年:ブラックベリーやシナモンなどのスパイスの香り。綺麗な酸があり、黒系果実とタンニンが綺麗に溶け込んだ丸みのある味わい。

世界的大ブームを起こした
イタリアを代表する元祖スーパータスカン!

サッシカイア 2020、2021

サッシカイア 2020、2021

イタリアを代表するワイン「サッシカイア」。カベルネ ソーヴィニヨンとカベルネ フランのブレンドによるボルドースタイルながら、トスカーナの明るいテロワールを感じさせる個性的なワインです。このボルドーブレンドによる高品質なワインはトスカーナを超えた「スーパータスカン」と呼ばれ、世界的なブームを引き起こしました。濃いルビー色に干しブドウのアロマ。そして新樽とフレッシュハーブの香りにスパイスのニュアンス。飲みごたえのあるタンニンに果実の凝縮感溢れる味わい。そして、長期熟成にも耐えうるポテンシャルの高さを感じます。
試飲コメント:2021年:ブルーベリーやブラックベリー、ハーブ、胡椒、コーヒーの香り。エレガントながら非常に長い余韻が持続する味わい。
2020年:果実味豊かでスパイシーな香り。香り同様の豊かな果実感が長く持続する味わい。

インタビューを終えて

3代目当主プリシラ・インチーザ・デッラ・ロケッタ氏をお迎えし、テヌータ サン グイドにまつわる貴重なお話をじっくりと伺うことができました。サッシカイアの誕生から現在に至るまで、マリオ氏、ニコロ氏、そしてプリシラ氏へと受け継がれる哲学や、土地との向き合い方について、理解がより深まったと感じています。

なかでも印象的だったのが、サッシカイアを自社セラーで熟成させてからリリースする「エイジングライブラリー」プロジェクトです。「熟成してから飲んでほしい」という造り手の思いと、「飲み頃のサッシカイアをすぐに楽しみたい」という声を両立させる意義深い取り組みだと感じました。

そして、早飲み向けとして誕生したグイダルベルトが、実は長期熟成のポテンシャルを秘めていると発見したことも興味深かったです。まだまだメルローの樹齢が上がっていき、より一層複雑性が増していくことを想像すると、今後どのように進化していくのか楽しみになりました。