2007年1月23日 ニーノ・ネグリ社 カシミーロ・マウレ氏突撃取材

突撃インタビュー

2007年1月23日 ニーノ・ネグリ社 カシミーロ・マウレ氏突撃取材





今回のイタリア訪問では、2007年のエノロゴオブザイヤー
 
ニーノネグリのカシミーロ・マウレさんに会うことができると聞いて大喜び。

どんな方なのかどんな畑なのか?わくわくしてニーノネグリのある、
ヴァルッテリーナまで、一路ミラノから車で向かいました。










その日、久しぶりに降り始めた雨の中、ヴァルッテリーナに入って行くと、車の窓から見える風景は、周囲を切り立った雪山に囲まれた町。

ごろごろとした石があちこちにむき出しになっていて、大きな河がもたらした、石の上に町全体が成り立っている大地。

どうやって植えたのかと思うほど急斜面に植えられたぶどうの樹。これらの樹はすべて南向きの斜面に植えられていました。

荒々しさをも感じるような厳しい大地。土もろくになく、岩が風化して削れてほこりとなって堆積したその土に植えられたぶどうの樹。そんなぶどうの樹から、あの、バローロやバルバレスコも凌ぐ様な、引き締まったタンニンのきびきびとした躍動感のあるワインができるなんてと、一種の驚きを覚えました。

「厳しい環境の中ではぐくまれるからこそできる、究極のぶどう?」そんな考えが頭の中をよぎりました。

ヴァルテッリーナの中世的雰囲気のキウロという町の、狭い路地を入っていった真ん中にあるお城がニーノネグリ社でした。1432年に建てられたというお城を改装していて、中はもちろん立派!


 


暖かな部屋に入って安心すると、白髪の紳士がにこにこと現れました。
この方が2007年のエノロゴオブザイヤーのカシミーロ・マウレさんです。


「今日は雨が降りましたが、これは久しぶりの雨で、お目にかかるときにこんなお天気では残念ですが、私たちにとっては大事な雨なんです」

にこにことお城に迎え入れてくれました。

ニーノネグリは、馬の飼育や販売、輸送、ホテルの経営などで財を成していましたが、キウロ(ニーノ・ネグリが所在する町)の女性と結婚して、このニーノネグリが始まりました。その子供のカルロネグりが瓶詰めをし、自分のラベルをつけることをはじめました。
カルロ・ネグリさんは、サンミケーレアッピアーノ醸造学校で学んでいたマウレさんに自分のワイナリーで働かないかと声をかけたのです。



マウレさん: 「カルロネグリは非常に有能な人でカリスマでもありました」

「私は1971年にこのニーノネグリに来ました。当時輸出を始めたのも非常に当時先進的なことでしたが、残念なことにカルロネグリは1977年に亡くなってしまいました。その後、彼の2人の娘は、ワイン造りの仕事を受け継ぐことなく、一時ニーノネグリはその評判を落としてしまったのですが、86年にGIVという会社の傘下に入り経営的に安定して、ワインの品質の向上に努めることが出来ました」

「私がここに来てから37年たち、その間、私はエノロゴであり、経営者でもありました。現在畑を担当するものと、事務の担当でスタッフは50名。自社畑は34ヘクタールとなっています」 

アッピ: 「もちろん、委託して作ってもらっている部分もありますよね」 
マウレさん: 「ええ、ヴァルッテリーナスーペリオーレを造るためのぶどう栽培は766ヘクタールの畑で行われており、その畑は2000人の農家で構成されています。つまり、非常に小さな農家がうちのぶどうを作ってくれているということです。私たちは、小さい農家に指導する協同組合(ビーバス)を作っており、そこでは農学博士が指導にあたり、ぶどうの栽培を指導しています。」 
アッピ: 「あの?ヴァルッテリーナのネッビオーロつまりキアンベンナスカと、バローロバルバレスコのネッビオーロはどっちが古いんでしょうか??」 
マウレさん: 「この件に関してはバローロやバルバレスコの人たちは自分たちの方が先だと言うかもしれませんが、ヴァルッテリーナでは、ネッビオーロ(キアベンナスカ)が1000年の歴史がある自生品種と言われています。」

「収穫のことについてお話させていただきますね。
ニーノネグリでは9月10日以前の収穫はありません。9月26日か27日から陰干し用のぶどうの収穫をスタートします。10月10日~15日ぐらいから陰干しではない、ぶどうの収穫をスタートし、11月15日まで収穫は続きます。
雪の降るまで収穫が出来る年は、町の上と下の温度差は15度もあり、寒暖差があります。
そういう年はいい年で、タンニンが強くパワフルなぶどうができるので、そういう年は1年間は熟成させないといけないんですね。
ピエモンテは10月に雨が降りますが、ここは10月は非常に乾燥していて、雨は降りません。
また、湿度も40%と低く、陰干しをする絶好の環境ができます。」
 


ここまで話していただいたあと、私達はカンティーナの見学へと向かいました。
■カンティーナ見学


マウレさん:
「ニーノネグリには、3つの醸造方法があります。1つは昔からの方法、2つ目はタンクが2段になっているタイプ、3つ目はスフルサートなどのような陰干しに対応するものなどです。」

そう言ってマウレさんは、ひとつづつの醸造法の説明をはじめられました。


■醸造方法1.昔からの方法
破砕、徐こう、ステンレスタンク発酵をさせているタイプ。発酵温度の直接的管理をせず、中にいる自然酵母に任せ、ゆっくり自分で発酵させる。酵母が自然にゆっくりと発酵し20~25日間皮と種も一緒に発酵。皮と種を取り大樽に入れます。


■醸造方法2.2段タンクによる 温度管理する方法
栽培農家ごとに分けて管理する方法
破砕、除こうをし、9度~10度のモストを20度から23度にあげる。発酵はすぐに始まりそれを8日~10日間皮と一緒に発酵を続ける。タンクの上部分で発酵が終わったら、下のタンクに落とす、下のタンクに貯蔵し重力で不要なものをデキャンティングする。


■醸造方法3,スフルサートを造る醸造法
ぶどうを陰干しし、搾って醸造、発酵する。24度~26度で発酵


アッピ: 「醸造方法2にあるように、栽培農家ごとに管理されるのはなんのためなんでしょうか?」
マウレさん: 「従来ぶどうの価値は糖度で計られていました。たとえば、15度あれば1ユーロとかね。でも同じ糖度でも違いがることに私達は気がつきました。
ヘクタールあたりの収量は少ないほうがいいんです。
また、ぶどうのポリフェノールの量なども、手入れの仕方や光合成の状態に大きな影響をうけるんですね。だから、ヘクタールあたりの収量やポリフェノールの多さも評価の対象にしようということになったんです。そのために、各栽培農家ごとに醸造してみたりすることに、意味があるんです。
それを畑にフィードバックしていこうというわけなんです。」

さすが、と言う感じでお話を聞きました。

■畑を見渡す高台で 通常の3倍から5倍の手間隙がかかる険しい畑

アッピ: 「私もいつか、この垂直な畑にたって、背中にかごをしょってぶどうつみの仕事を1日でもいいからしたいんです。」
マウレさん: 「この仕事はヒーローの仕事と言われるぐらいきつい仕事です。」 
アッピ: 「はい。1日もつかどうか自分でも自信ありませんが、してみたいんです。だって、この畑のぶどう収穫したり手入れするのはものすごく困難ですよね」
マウレさん: 「はい。普通は年間1ヘクタール当たり200時間から300時間と言われているところ、ニーノネグリでは1000時間かかっています。結構かかっていますね(笑)」 
その後お城に戻り、テイスティングをさせていただきました。

■お城でのテイスティング この値段で20年!40年の長期熟成が可能!

マウレさん: 「私はトレンティーノ出身ですので、瓶内二時発酵にこだわりたくて、コレをつくったんですね。トレントのシャルドネ30%に40%のピノネロそれに当地のシャルドネ30%にネッビオーロを30%といった具合です。ボトル内で16ヶ月熟成しており、アペリディフやお魚にぴったりで。
年間3500本しか作っていません。通常は本数がないので販売はしておりませんが、もし、今回わざわざいらしていただいたので、欲ければ、お出しします」


カブリオーネ05サセッラ03ラテンセマゼール03スフルサート03チンクエステッレ03チンクエステッレ95を楽しませて頂きました。

…と言うことでスプマンテを楽しんだ後、

その後に、さらなるサプライズが…
スフサートの88が出てきたんです。

スフルサートといえば、3000円を切って楽しめる上級者のワインというイメージなのですが、、、そのスフルサートの10年近くたったワイン。普通なら3000円くらいのワインが10年も熟成するということはほとんどありません。

ところが…、形容しがたいおいしさにつつまれ、自分でも「形容しがたい」とメモを残すほどのおいしさ。
バローロやバルバレスコの熟成ものでしか味わえないと思っていた、贅沢をわずか3000円足らずのワインで体験することができた。これは大きな驚きと感動でした。

その後、フラチアの67年を試飲。40年近い年月を経て、生き生きと躍動するネッビオーロの味わいに、驚きを正直隠すことは出来なかったのです。

バローロバルバレスコを超える、ネッビオーロの優位性を確信したのはこのときでした。まったくへたっていない。どころか、円熟味を増している。

ネッビオーロのポテンシャルとしては、ニーノネグリのものは、その銘醸のそれを超えているのではないか。やはり量産できなかったことが、バローロやバルバレスコに知名度において
遅れをとったのではないかというようなお話を聞くことが出来ました。

厳しい環境の中だからこそ、極限までに緊張感のある隙のない上質ワインが出来た。それを支え続けてきたのは、非常に謙虚で、忍耐強く心温かなエノロゴであり経営者のマウレさんがいたからこそ。


マウレさん: 「私たちには従業員のお給料を上げていかなくてはいけない義務があり以前までは、土曜日もみんなで働いていましたが、最近になってようやく、週休2日を実現できるようになりました。本当に良かったと思います」


スタッフにも心温かい、マウレさんの精進がが、厳しい大地に花咲いた、ネッビオーロをさらに高いレベルのワインに押し上げたのだと確信して帰って来たのでした。

次に来るときはニーノネグリ収穫のとき、スタッフの人たちと一緒にヒーローの仕事をさせてもらうとことを約束してもらいました。あまり年を取らないうちに行きたいものだと思っています。



本当に心温まる、ご案内、試飲、など
7時間にも及ぶマウレさんとの時間を共有できたことに、
今回の訪問をサポートしてくださった、
モンテ物産のミラノ駐在員小方さんにも感謝を捧げます。


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